スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

近況 

相変わらず親父は元気に三度の飯を食い、週に1回は家のお風呂に入っている。

週に2回は病院でリハビリを受け、週に1回は通所のデイケアサービスでお風呂に入れてもらったり、折り紙作ったりカラオケ歌ったり神社へ行ったりしている。

昨日は一週間ぶりに大便をし、ホッとしていたのだが今日はなんと午前と午後にそれぞれ一回ずつ大便をちょびちょびするという、介護している母にとっては悲惨な連休となっている。本日二度目の大便はちょっと間に合わず、大変だったので、今日もお風呂に入れることとなった。昨日も入って今日も入るというのは、父にとっては嬉しいことだろう。

入浴中、父は見えない方の左側へずぶずぶ沈み込んでいくような気がして怖いらしく「こわいよー、こわいよー」と言ってきかないので、入浴中の十数分の間、僕はずっと九九の問題を父に出し、父はそれを答えるというのが習慣になっている。

父は数学が大好きだったので、どんなに喋りたくないときでも、僕が「ににんが」と問えば「し!」と答えるのだ。その習性を利用して、入浴中僕はずーっと父に九九を出題しながら、マヒしている左足と左腕をマッサージしている。

ところが2週間前、父が初めて九九を間違えた。6×9がどうしても53になるのだ。ど~も7×9=63に引きずられて6×9=53になっちゃっているようなのだが、遂には9×6までもが53になってしまって「やべぇ、親父がボケた!」とあせってしまい、えらくしつこく九九をやってしまった。

どうしても6×9=54にならないので諦めながら母を呼んで身体を洗ってもらっていたら、父がのぼせた。風呂場でぐったりしてしまい、いよいよその時がきたかぁ、、などと思いながら風呂場から出すと父は意識を取り戻し「うんちがしたい…」と言った。看護師の妹が言うには、便がたまってたってのと重なってクラクラしたんじゃない?ってことだった。なるほど、そういうこともあるのかもしれない。

そんなこともあったけれど、昨日風呂に入った父は今日2回も大便をし、遂には内股を汚してしまいばっちいし拭いたりするのも面倒いのでこれから風呂にいれてやることとなった。

暖かくなってきて春が近づいて母は喜んでいたのだが、今日は寒気が押し寄せて母の大嫌いな雪がぼたぼたと降り積もり、父は2度もクソをたれるという酷い一日となってしまった。まぁしかたがない。

そんなこんなでわが家の自宅介護ももう5年半。

5年。 

親父が2005年7月27日に倒れてから、既に5年が経った。

せめてあと5年、否、3年でいいから生きて俺を見てくれと願った。

5年経っても胸を張れるようなことは全然できなかった。そのことは凄く不甲斐なく、悔しいのだが、一方で親父は家族の中で最も肌艶よく、健康的な感じでぴんぴんしている。

介護をしている母のほうが、最近は心配でしかたがない。そんな母の心理的負担を少しでもやわらげたいのに、それができないままでいる自分自身が憎い。

あれやこれや頑張って、両親を安心させたり、楽させたりしたいのに、全然できない。せめて自分に出来ることとして、週末の入浴介護だけは、できるだけするようにしている。年月は冷酷なほど淡々と過ぎていく。

きっともっとストイックに自分に厳しく頑張っていれば、時間を冷酷だなどと思うこともなかったのかもしれない。

父の近況 

クリスマスが過ぎた頃から、父に何かが起こった。

これまでの「調子のいい日」の冴えた感じが、一日の中で急に長くなった。しかも、倒れる前の癖を急に思い出したらしい。

今までの親父はおふくろにいわせると「癒し系」な感じで、どこか抜けてる突拍子のない話をする事が多くて、それが妙に笑いを誘っていた。言ってみれば、おっきな子どものようだった。

ところが最近、話がきっちり繋がる。そしてしつこい。もともと理屈っぽかったのが、ぶり返した。そして喫煙の習慣を思い出した。

「ねぇねぇ、昨日煙草を6箱買ったはずなんだけど、どこに隠した?」
「買ってないでしょ」
「昨日の夜、みんなが寝ている間に歩いて買いに行ったんだよ」
「父さん歩けないじゃん」
ここで父は「なんてこと言うのだと憤慨した感じの顔をした。
「歩けたっけ?」
「歩ける。煙草を出せ」
「じゃあ今ここで歩いてみ?!」
で、延々2時間ほど父は車椅子から立ち上がろうとし続けた。

夜は同じ部屋で寝ている母に、ちょいちょい「ねえ、俺の煙草どこにやった?」とか、「ねぇ、お風呂は部屋を出て右だったっけ?」などとしつこく話しかけてくるようになったらしい。

会話が成り立つようになり、ちょっと面倒臭くもあるが、「立ち上がる」ということに強烈な意志が感じられるのが嬉しい。もしかすると来年は、立ち上がって転んで迷惑な日がやってくるのかもしれない。でも、立ち上がれるようになれたら、父は便所でトイレができるようになるはずだ。ベッドと車椅子を自分で乗り降りできるようにもなるだろう。もしもそうなったら、母の介護の負担も減るだろう。もっとやっかいな負担が増えるかもしれないが、良くはなっているはずだから、ぼくはとても嬉しい。

あと、3、4日まえに風呂でマッサージしたとき、父が初めて麻痺している左足のマッサージを痛がった。万に一つでも、麻痺した左足が動くようになるなってことはないとは思っている。でも、ちょっとどきどきしている。

くせ 

食事の前と後、舌なめずりのようなことをするようになっていた。気付いた時にはもう癖っぽくなってて、言っても無意識のうちに下で前歯を舐める。ひょっとこのような、タコのような顔になるから止めてといってもやめない。

お袋はもう諦めている感じだったが、食事中ぼくがあんまりしつこく親父にやめろやめろと半ばキレながら言い続けた。おそらくそんなぼくと親父のやりとりが、気まずくて、おふくろも親父にやめなさいと言うようになった。おかげでお袋の負担は増えたが、親父の舌なめずりをする癖は少しずつ収まりつつあるような気がする。

2009年の春から、介護保険のサービスがかわって、週3日だったリハビリが週2日になってからというもの、親父はボケっぱなし。お袋の負担は増えっぱなし。なんとかしたいけど、今のぼくには何にもできない。ただもっといい給料がもらえるように、勉強したり仕事に精を出すことしかできない。

一昨年から家に居着いた猫がかわいいことと、妹の生んだ女の子がすくすくと育っていることが、わが家で唯一の明るい話題。

近況 

アメリカでトヨタがリコールだのそうじゃなくて安全性の確認だなどのニュースを見るたびに、2年前に起こったわが家のトヨタ「ラクティス」のフロアマットの干渉による暴走を思い出したりしております。

介護保険がかわってから、親父の介護は週2回のリハビリと、週1回の介護施設での入浴で、週4日は母が自宅で介護をしている状況です。

「たまには親父を入院させて息抜きしなよ」

とは言っているのですが、入院させるたびに発熱したりするのでもうそんな心配もしたくないようで、母はただただ毎日介護をしています。

去年生まれた妹の赤ちゃんが1歳になり、最近はよちよちある気もさまになるようになり、週に何回かは母が預かって面倒をみていて、それが母にとってとても大切な生きる喜びのようです。

背中に赤ちゃんを背負い、両手に親父の荷物を引っ掛けながら、親父の乗っている電動車椅子を押す母をみると微笑ましいやらたくましいやら哀しいやら複雑な気持ちになります。もっとぼくに甲斐性があれば楽させてやれるのにと思うのだけど、なかなかそうもいかず、でもがんばらなきゃとおもいつつ、微妙なスタンスで我が家族はぎりぎりのところで生活している感じです。

親父が倒れても、車椅子で帰宅するとうれしそうに尻尾を振ってワンワン吠えていたゴンタがこの夏に他界しました。夏の昼過ぎにひゃんひゃん鳴いていて、慌てて見に行くと、後ろ足がピンと伸びて、足がつっているような感じでした。獣医が言うには椎間板ヘルニア。もともとノラ犬だったから正確な年齢はわからないけれど、おそらく13歳くらいの柴の雑種だったので、薬を飲ませたりしたけれど、褥瘡で半身をぐじゅぐじゅにしながら、2週間ほどしたら息を引き取りました。ぼくと母に撫でられながら、出していた舌を急速に黒ずませ、2、3回痙攣し、鼓動を止め、でもちょっと安らかな感じでした。

夕方帰ってきた親父が3回ほど「ゴンター! ゴンター! ゴンター!」と叫んでいました。母が言うにはその後「もう一回言ったほうがいいかな」と言ったらしく、悲しいけれど笑えました。

庭の隅っこに1.5mほどの穴を掘り、ドッグフードを敷き詰めて、その上にゴンタを横にして、更に上からドッグフードやらガムやらバラの花を一緒に埋め、コブシの木を植えました。コブシは母がとても好きな木です。春になると白い花を咲かせます。

秋になり、最近はそのコブシが枯れてしまったのか春の準備をしているのかがよくわからない感じですが、なぜか根っこのそばに白菜の葉がべろ~んと伸びています。もしかするとゴンタはコブシの木よりも大好きだったキャベツや白菜を植えて欲しかったのかもしれません。

そんな感じで不安と喜びが7:3くらいでぼんやり日々を過ごしております。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。