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また、眠れない夜。 

やっと、これからだったのに――。

ずっとずっと、辛そうな、奥歯に力入れて踏ん張って頑張って頑張り続けて、
最後の最後に転勤の辞令が出て、もうたまらんから早期退職をして、
退職金をはたいて、妻の実家にほど近い場所にちっちゃなセカンドハウスを建てた。

ようやくこれから、誰気兼ねなく、好き勝手に、自分の好きなように生きていられるはずだった――。


戦後の貧しい時代に、金持ちの親戚の元へ、小学生の頃里子に出され、
その後実家に戻れたものの、学生服は兄貴達のおさがりでつぎはぎだらけ。
一番上の兄貴からの仕送りと、新聞配達で高校を卒業し、
成績は優秀だったけれど本番に弱かったのか、希望していた会社には就職できず、
なんとか就職した会社はそれでもやがて一流企業として復興した。
でも高卒の父はどれだけ頑張っても課長どまり。若いのが次から次に昇進して行く。
左遷も栄転もあり、本社勤務にまでなったが、最後は家を建てた九州に戻りたいと部長に頼んで転勤させてもらえたが、年下の上司と馬が合わない。
結局また転勤を命じられ、それを機に早期退職。そして、山奥にセカンドハウス。

建って、まだ1年経たないうちにクモ膜下出血で倒れ、100日を越えた今も意識不明。
右脳の半分近くは駄目になってしまい、回復の見込みは判然としない。
どれだけ回復したとしても左半身は麻痺。

物心ついた頃から苦労を重ね、やっと自由気ままな第二の人生を過ごせるという矢先に、苦労は追い打ちを重ねるのか。

まだ60歳にもなっていない。これまで病気で倒れたこともなかった。



面会に行って、いよいよまた仕事が始まる前日の夜。
病院で横になり、自由の利かない体内に閉じ込められ、魂すらどこへ行ってしまったのか分からないほど脳が損傷しているのに、涙を浮かべながらぼくの話を聞いてくれる父の寝顔が瞼の裏に焼き付いている。

ぼくは今こんなことしている場合ではないのではないだろうか。
今ぼくがしなければならないことが何かあるのではないだろうか。
仕事も睡眠も明日も、どうしようもない程くだらない気分になる。
だけどきっと、だからこそ、よく分からないけれど、
淡々と仕事をして、眠って、自分の人生の目標のために頑張らなければならないと思う。そう思うのと同じほど、父を想うと苦しい。

コメント

●あずきもなかさん
トラックバックありがとうございます。
どんな衝撃と記憶を感じられたのかちょっと気になりますが、ダンス頑張ってください!
●ヒカルさん
コメントありがとうございます。
助けたい人がいるのに、どうしてもやれない自分というが辛いです。
でも、辛いとは思わないようにしようと、できるだけ心がけています。なかなか難しいですが。

記事を読み、父が交通事故に巻き込まれた時の事を思い出しました。人一倍安全運転で私の車の助手席ではうるさい位チェック魔だった父。「初めて警察の世話になった…」とひどく落胆した父を、母や妹とどうしたら元気づけられるか悩み、事故の相手に嫌悪感を抱きました。ケガはなかったけど、心のキズは運転する度に蘇ると思うと、自分の無力さに落胆しました。だからaquioさんの記事に惹かれたのかもしれません。

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