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2年 

2年前の今頃、ハンドルにしがみついて

「嘘だ。きっとなにかの間違いだ。また妹が大げさに、なんか勘違いしてるんだ」

そう思い込みたい気持ちとは裏腹に、これまで感じたことのない、背中にどろどろの鉛がくっついて前に進みたくない感覚を振り切るように、高速道路を飛ばした。

あれから2年が経った。


右脳がほとんど機能しなくなり、左半身は麻痺し、趣味に没頭できるほどの集中力もなさそう。

でも、おいしそうに三度の飯を食べ、痺れて痛そうだった左腕の痛みは徐々にとれ、右足は少しずつ踏ん張れるようになった。

将来ひょっとしたら、自力で立てるようになるかもしれない。


時々思う。
父は、生きる意味を、父自身どうとらえているのだろうかと。

親父は時々、意識がクリアーになって、倒れる前と同じような時がある。親父の雰囲気がふわっと軽やかで、クリアーな時がある。きっと1日に何回か、親父はもとに戻っている。

そして深く何事かをじっくり考え始める。『なぜ息子がこんなによくしてくれているのか』『こいつはこんなに優しい男だったのか』『なぜ俺が倒れてからみなこんなによくしてくれるのか』『俺は一体どうしてしまったんだ』『そういえばあの時・・・』

よくわからないけれど、ぼくにとっての親父は、もともとあまり喋らず黙々とTVを見ていたり、黙々と草木を触っており、無駄話の類いはほとんどなかった。二人きりになると、何か話さなければならないような気がして気まずさがあった。


今、親父は無理に話す必要はない。そこにいて、話しを聞いてくれたり、じっと見てくれているだけで、ぼくは嬉しい。

親父もあと2ヶ月で還暦だ。

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