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褥瘡 

父の左半身は麻痺している。2005年の7月27日に倒れてから半年ほど意識も戻らず寝たきりの状態が続いたため、動く右足も筋肉が落ちているから立てない。

最近の父の目標は自分で立つこと。

リハビリでも、右足でもっと踏ん張れるようになることに重点を置いてもらっている。あと、意識の集中力をもっともっと高めること。

母は毎日父の身体を拭いている。
「介護とは下の世話ね!」
といいながら、う●ちから小便まで父の世話をしている。

麻痺している左足を動かす時、どうしても同じ所を掴んでしまう。アキレス腱周辺の足首の所だ。まめに介護をし、ついつい同じ所を掴むため、最近そこに褥瘡ができた。

褥瘡とは通常、背中に出来る物。寝返りがうてず、床ずれが出来て、水ぶくれみたいなものができる状態だ。ずっと水につかっていたら、皮膚がじゅくじゅくになってしまい、皮が剥げてしまうのに似ている。

火傷やマメの水ぶくれは1週間もすれば大抵治るけれど、病人にできた水ぶくれ、いわゆる褥瘡はなかなか治らない。だから、これが相当危険な傷なのだ。


最初に入院した脳外科専門の病院では、褥瘡から菌が入り込んで他の病院へ褥瘡の手術をしにいく患者さんがいた。脳外科の手術の腕は凄かったと思うのだが、その後の看護体勢はおそまつな病院だった。父にもそのころ、腰に直径5センチ程度の褥瘡ができていた。

「たった1ヶ月の入院でこんなに大きい褥瘡ができるなんて考えられない。お父さんが殺される」

総合病院で5年以上勤務している看護婦の妹が、泣きながらそういい、ぼく達は父を転院させた。転院先の総合病院に約3ヶ月ほどいたのだが、3ヶ月かかって褥瘡は小さな物になった。あとちょっとで治るという時、リハビリ病院へ転院し、不安だったが、リハビリ病院に転院した後、褥瘡はすぐなくなった。

ぼく達家族にとって、褥瘡は、父が半年間も意識を取り戻せなかった原因のひとつなのである。そう思っていた褥瘡を、母が自らの手で作ってしまったことに、落ち込んでいた。

足首の褥瘡が出来てからは、再審の注意を払って、母は2週間駆けて直した。

それを、ぼくは、お風呂場でグイっと掴んでしまった。また、皮がむけた。

派手に皮をむいてしまったので、1ヶ月くらいは治らないかもしれないと、落ち込んだ。

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