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将来 

両親の実家が近く、そこはとても自然が豊かだという理由で、
小さなマッチ箱のようなセカンドハウスを九州の山奥に父は建てた。
しかし父は、そこに1年も住まない間に倒れてしまった。

セカンドハウスというにはあまりにもこじんまりした山小屋。
小さいけれど、そこには父の夢が詰まっている。
父を介護するならば、その家しかない。


我の強いぼくはどうしても自分だけの空間が必要だから、ちっぽけな山荘で
両親と暮らすことはとても辛いことかもしれない。

それに、村社会で保守的な田舎の人間関係に、どうにもぼくは馴染めないかもしれない。


大学へ行ったものの自然環境の勉強がしたいと行って、CWニコル副校長の自然環境が学べる専門学校へ入りなおしたり、一度は海外で暮らしたいと言って、3年間もメキシコで日本語教師として暮らしたり。思い返せばぼくはこれまで好き勝手やってきた。

日本語教師を続けたい。例え非常勤講師でもいいから教育に携わりながら通信教育で高校国語の教員免許を取得して、高校教論になりたい。

そんな自分の夢よりも大切にしたい生活を最近よく考える。
夢はどんな修正も利くし、どんな夢だって見れる。
だけど父と、母と過ごせる時間は限られていて、きっとあんまり長くない。


元々いつかは田舎暮らしをしたいと考えていたのだから、今こそ潮時なのかもしれない。オリオン座が分からないくらいの満天の星空と、澄んだ空気、まろやかで甘い水。やりがいだとか生きがいだとか、夢や目標とか、そんな自分自身の中から次から次に湧き出る欲に振り回されず、穏やかに過ごす。


ずっと転勤族だったぼくたち家族には「地元」と呼べる親近感の持てるなじみ深い町がない。そんなふうに育ったから、保守的で地元意識の強い田舎で暮らすことに臆病になっているのかもしれない。

近いうち、決めなければいけない。

それに、ぼくが田舎へ帰って母と同居しなければ、
きっと妹も、家を出て結婚しようという気にはならないだろう。

迷っていることも、決めかねていることも、あんまり遠い将来なんて考えず、ただ今したいと思う通りにして、1日1日を大切に穏やかに優しい気分で過ごせられたらいい。全ては自分の気の持ちよう。そんな気がしてきた。

コメント

コメントありがとうございます。あんまり先のことまで考えずに、なんとかなると願いながら、介護と仕事の両立を図っていこうと思います。

今が潮時、気の持ちよう…って自分に言い聞かせて、無理矢理aquioさん自身のホントの気持ちを押し殺そうとしてないですか?お父さんお母さん妹さんから頼りにされてるし、私なんかには想像もつかない葛藤があると思いますが、読んでいて切なくなりました。でも家族を思う気持ち、責任感と優しさがすごく出てると思いました。

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