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 2011年10月 

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妹 

1週間ぶりに実家へ帰ると、おふくろがなんかおかしかった。肩がもっこりしている。首が肩の上から伸びているのではなく、肩の中腹から斜めに首が伸び出ている。なんか妙な感じだった。腰を見るとどことなくやはり違和感を感じる。生気がまたすこし抜けてしまったかのように見えた。

「疲れてる?」って聞いた。するとおふくろは「ん~もう、疲れてるってなもんじゃないわよ。あんたに言うとまた怒るかもしれないけど、昨日は姪が遊びにきてて、一昨日は姪とその母(つまり僕の妹)が来ていたから」と冗談めかして「昨日より妹の来ていた一昨日のほうが実は疲れたんだけどねー」なんて言っていた。

もうがまんがならない。妹には半年ほど前にも叱ったのだ。姪はかわいいし、おふくろも喜んでいるから家に遊びにくるのは構わない。家が賑やかなのは楽しいことだ。しかし、家に疲れを取りにくるな。おふくろの助けを利用しにくるな。おふくろを喜ばせるために姪をたまに預けるとか、おふくろの様子を見がてら差し入れをするとか、料理を作ったりするとか、楽しみのためだとか、喜ばせたいといった気持ちで、介護に疲れているおふくろに会いにきてくれる分には助かる。有り難い。だが「〇月〇日は夫婦ともに仕事だから姪を預かって欲しい」とか「今日は夜勤明けで凄く疲れているから自分(妹)が寝ている間、姪と犬の面倒を見ていて欲しい」といった利用の仕方はやめて欲しいと言ったはずだった。

だが、きっと僕の話なんて聞いちゃいなかったのだろう。僕と口論になって逃げるようにして自宅へ帰って以来一度も僕の前に姿を見せていないのに、あれからまだ半年かそこらしか経っていないはずなのに、また家に来ておふくろを疲れ果てさせている。

妹にも言い分はあるのだろう。だが、今おふくろが倒れたら、家は、俺は、もうどうにもならなくなってしまうんだ。僕は今、仕事と介護とを両立するために四苦八苦した生活をこの6年送っている。充実はしているが、僕自身の人生は空白だ。それもあと数年頑張ればなんとか両立しそうな目処が経ってきた。なのに、妹は、僕の目を盗むように母を利用し、疲れ果てさせている。今母に何かったらもう僕は精神的にも肉体的にも経済的にももうどうしようもなくなる。

母には長生きして欲しい。父の介護ばかりではなく、母にも母の時間を大切にして欲しい。父と母との限りある時間を楽しく過ごして欲しい。ぼくもできるだけ両親と一緒に時間を過ごしたい。もう少し僕の仕事が落ち着いたら、僕自身の人生も少しずつ充実させて、それを両親に見せて安心させてやりたい。でも今はまだ、どん底から抜け出したところだから、これから少しずつ、少しずつ、いろいろしたい。

なぜ妹は看護婦の癖に両親の健康状態などの観察を真剣にしないのか。「何かあったら私が面倒を見るって昔から言っている」というけれど、妹よ、お前はもう嫁いだのだ。俺の甲斐性がないとはいっても、何かあったら俺が何とかするしかないのだ。

妹よ、頼むから、もうちょっと俺のことも考えてくれ。

そのような思ったことをおふくろと口喧嘩しながら伝えていた時、偶然にも妹からおふくろへの電話があったので、かわってもらって同じように妹に言ったら「じゃあ私にどうしろっていうの?」って逆ギレされた。僕は妹に「おふくろの世話をするような気持ちで家に遊びにきて欲しい」とでも言わなければならなかったのだろうか。妹は自らの行為の傲慢さに気づき、思い遣りのある配慮だとか、謙虚さを持って両親と時を過ごしたいなどといった考えには至れないのだろうか。「気づき」のない妹に対して「じゃあ、お前が両親の面倒を見ているとき、俺はどこにいるんだ?」と聞いたら言葉を失っていた。彼女は一体何に「気づき」を得たのだろう。僕はそれを震えながらおふくろに伝えた。

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