スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

279日目 

昨日「明日、明後日は仕事やけん、しあさって来るけん。だから、明日、明後日、しあさって、に来るけんね」と言ったら、父は、ぼくが、明日も明後日もしあさっても来ると言ったと思い、「おかしい。おかしい。あれはアキオじゃなくてアキトだったのかもしれん」などと言っていたらしい。

意識がだいぶしっかりしてきたので、誤解を招く言い方は、今後しないようにしなくては。

スポンサーサイト

281日目 

久しぶりの青空だった。ここのところ、黄砂が酷く、晴れても薄く曇っているようなてんきだった。そこで、母と二人でゴンタを洗うことにした。

顔に水がかからないように、シャンプーをしてやると、ゴンタは気持ち良さそうにお尻を振った。
これで、ようやくゴンタを父に会わせることができる。もし明日天気がよかったらゴンタを車に乗せて病院へ行き、父を車椅子に乗せ、ゴンタに会わせてやるのだ!


正確には35日目なのだが、今日は母方の祖父の四十九日。
昼食後、ぼくは一人で病院へ行った。GW中の由布院は車が多く、いつもなら40分で着くのに、今日は70分かかった。

夕方の5時10分に着いた。胃に栄養がいっていた。
うんちが出るというので看護師さんを呼ぶと、出ない。
また出る!というので今度は簡易トイレに座らせてもらった。でも出ない。
今度はおむつに出たというので見てもらったら、出てない。

胃に栄養が行っていたので、いちいち看護師さんを呼んで、栄養を止めてもらって、みてもらい、手間を取らせてしまった。栄養を流すスピードを早め、栄養が全て胃に流れると、今度は本気で簡易トイレに座らせてもらい、しばらく放って置いた。

なかなか便に集中できないようだった。テレビを見たり、鏡を見たりしていた。
10分ぐらいして、お腹を刺激してみたら、ある所で父が顔を歪め、赤らめた。「ここだ!」と思ったのでそこを何回かゆっくり押しながら、ちらっと父の顔を見ると、もの凄く力んでいた。

敢えて話しかけず、テレビを見ている振りをして、父の下腹部を押していたら、ようやく便が出た。
後で母に聞いたら、これまで何度も便座に座ったことはあったけど、うんちは出なかった。今日が初めての、便座に座っての排便だったらしい。母はその場に立ち会えず、ちょっと口惜しそうだった。ぼくはちょっとうれしかった。

明日はゴンタを連れて行くのだ。

282日目 

車の後部座席にブルーシートを敷いて、ゴンタを載せて、ゴンタのおやつのガムを袋ごと鞄につめて、父の待つ病院へ。

今日は、GWのまっただ中だったにも関わらず、作業療法士さんによるリハビリが30分。そして入浴。

折角お風呂に入った後だったけど、父はゴンタに会うことをずっと心待ちにしていたので、病院の駐車場でゴンタと282日ぶりの再会!

ゴンタがどんな喜び方をするのかと期待していたけれど、ゴンタはやっぱりゴンタ。久しぶりに乗った車に興奮し、父が手に持ったガムを、奪い取るように齧りつき、父は人差し指と中指の間を噛まれてしまった。

リードを父に持たせると、車椅子はゴンタに引っ張られて、まるでサンタクロースとトナカイみたいな感じとなった。

父は、何度も笑い、とても楽しそうだった。

その後、ぼくはゴンタと病院の周りを1時間くらい散歩した。父はその頃病室でゼリーを食べた。食べた後は、さすがに疲れたようで「もう眠たい。」と言って、夕方5時前には眠ってしまった。




284日目 

今日は、小便がきちんとトイレでできた。
大便に続き、小便もようやくおむつでなく、トイレでできるようになった。

いろいろな事への感想が、倒れる以前の父とあまり変わらなくなってきており、意識レベルがだいぶ高くなってきている。

昨日話した内容を100%しっかり覚えてはいないけれど、言えば「あ、そうか」と思い出せる。一人きりの時ナースコール・ボタンを押さない理由を聞けば
「面倒くさいし、忙しい看護婦さん達に悪いから。」
ときちんと言えるようにもなっている。

お茶ゼリーだけではなく、ブドウゼリーやミルクベースのゼリーを毎日食べ、時には重湯も食べられるようになっている。

声も微かなひそひそ話ではなく、声帯を震わせて、そこそこ太い声が出るようにもなっている。

あとは、排泄、痰、麻痺している左半身の痺れ、よだれ、新しい物事への記憶力、継続した集中力の向上を期待している。

理由が分からないのだが、TVや新聞があまり見えないらしい。景色もあんまりはっきり見えていないように見られる。最近、ようやくメガネと虫眼鏡の必要性を言うようになったので、ちょっと視力がはっきりしてきたのかもしれない。でも、どのように見えているのかを父は教えてくれないので、よく分からない。

右脳が損傷しており、右目の視力がほとんどない様子。そのためか、身体の左側の方が見えないと言っていた。

GWが明け、またリハビリがきちんと毎日始まることで、いろんな能力をまた取り戻せるようになるといい。

285日目 

看護師さんが言っていたのだが、最近父はようやくナースコールを自分で押して、看護師さんを呼ぶようになったらしい。

以前は、痰がたまっていても
「忙しい看護婦さん達の手を煩わせてはいかん」
そう言っていたけれど、以前ぼくが、
「痰がたまって肺に行ってしまったら、肺炎になってしまうし、お父さん達の面倒を看るためにいてくれているんだから、用事があったらナースコールボタンを押して呼ばないとダメだよ」
と言ったことを思い出したのかもしれない。今日の父は、
「何かと困った事があるんじゃ」
そんな風に言っていた。

母から聞いた話。
以前ちょっと熱があった時、母が帰る時に「チューして」と言ってきたらしい。
「風邪が移ったら大変やろ!」
「大丈夫だから」
そんな、若いカップルみたいな会話があったなんて、素敵だなあと思った。


ところで、田舎の家の斜面にスロープを造るという話は、結局親戚に頼んで作ってもらうこととなった。結局ぼくができることは、敷地の中の車椅子用の道や、駐車場の整備だけなので、ちょっと拍子抜け。

292日目 

父がまだ会社員だった頃、福岡の自宅で色々な花や木を、母と一緒に育てていた。丹誠込めて育てた庭は、たまにぼくが雑草を抜いたり水をホースで乱暴に撒くだけで、ピンクや黄色、紫の花が咲く。ぼくは種も撒いていないのに。

なかでも、今はもの凄い数の真っ赤なバラが、きれいに咲いている。
今日はなかでもたくさんの花をつけていた枝を切って、ペットボトルに入れて病院へ持って行った。

「きれい…。ありがとう」
父はそういって、しばらくの間じっと見ていた。

299日目 

夕方実家へ帰り、母とちょっとお喋りしていたら、つまらないことでお互い怒ってしまった。喧嘩はしないように心がけているのだが、お互い疲れていたこともあり、些細なことでムッとして、久しぶりに口喧嘩になりそうだった。
どうでもいいような些細なことで口論になるくらいなら、実家にいない方がいいと思って、着いてお茶も飲まない間に帰途についた。
高速道路だと1時間の道のりを、疲れているのにぼくは下道2時間半かけて往復した。
お金がもったいないこともあるけれど、高速道路に乗ると、無闇に何かに駆り立てられるような気分になって、気持ちがさらに荒むので、国道をのんびり走りたかった。
道すがら、日田で花火が盛大に上がり、原鶴温泉では祭りの後の大渋滞に巻き込まれた。

先週末は草刈り中に転んで怪我して小指を4針、薬指を3針塗った。今週末は母と喧嘩して、福岡と大分の間を車で無闇に6時間以上もふらふらさまよった。
でも、車でドライブしていた6、7時間に色々考えることもできたし、久しぶりに一人で静かに過ごす週末となったので、読書をしたり、ビデオを見たりしたいと思う。

来週はまた何くわぬ顔をして実家に行こう。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。