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84日目 

水頭症の手術をした。
脳は髄液という液の中で、ぷかぷか浮いているような状態でいるのだが、髄液の吸収ができなくなると、脳の中に髄液が溜まる。そのことで、意識障害が生じる。
溜まった髄液をなんとかするための手術が、水頭症のシャントと言われる手術だ。


父の場合、水頭症というほど、髄液が脳に溜まっている様子ではない。ただ、意識回復の可能性を高めるために、水頭症の手術を行った。
今回の手術の目的は、あくまでも意識回復のためのきっかけ作りである。

通常の水頭症手術では、脳から胃までチューブを皮下に通し、脳に溜まった髄液を、胃に流し込む。脳内に余分に溜まった髄液を胃に流し込んで消化するのだ。

チューブを皮下に通す理由は、感染症にかからないようにするためである。髄液に届いているチューブが、空気中に出ていると、感染症に罹ってしまう。


父の場合、意識回復のためのきっかけ作りが目的。そのため、今日の手術では、脳から胸までチューブを通し、胸から外にチューブを出し、感染症の恐れが出る2週間以内に、チューブを抜くか、胃まで伸ばすか、見極める。


水頭症手術の効果が見られるようなら、チューブを更に胃まで伸ばす。
効果が見られないようであれば、チューブを抜く。


効果は4日後以降に出てくる。
10日経っても効果が見られない場合は、意識が戻らない可能性が高くなる。


重度のクモ膜下出血で倒れ、右脳の1/3から1/2が傷ついており、意識の回復の見込みが薄いと医師に言われた。
でも、父の意識が少しずつだが、戻りつつあるということは、家族には分かる。


近況報告を一通りすれば、口を動かし、声を出そうと呻くようになった。
父に行った治療の説明をしている時には、耳を立てていることが分かる。
何を話しかけても眠っているような時が続くときがあるというのも分かる。


最悪の場合を覚悟しながら、それでも、父は回復すると信じて、ぼくは自分自身の将来や、生活のために、頑張る。
父が回復した時、胸を張って「親父がんばったな!」と言いたい。

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137日目 

胃瘻の手術は数十分で終わった。

朝起きると、母は既に病院に行っていた。出勤準備をしていたら家の電話が鳴り響き、取る間もなく切れた。念のため母の携帯に電話すると、ちょっと心細そうだった。
仕事先に電話してみたら、なんとか休めそうだったので、急遽休みをもらって病院に駆けつけた。
着いたら父はもう検査へ行き、そのまま手術をする状況。母は一人、病院の最上階にあるロビー兼食堂みたいな所で新聞を読んでいた。お喋りをしている間に手術は終わり、父は薬で眠って病室に戻って来た。


一週間ほど前に胸に刺さっていた静脈への点滴が取れ、今週の月・水は、約110日ぶりとなるお風呂に入った。
そして胃瘻の手術のおかげで、半年近く鼻に入っていたチューブが抜けた。
遂に父の顔からチューブ類が全て抜けた。


とっても気持ち良さそうに眠っていた。
時々、鼻や喉を鳴らすようないびきをしたり、あくびをかいたり、咳をした。
レム睡眠のせいなのか、瞼の下の目が、くりくり動いたり、目をつむったまま瞬きをしたり。

とにかく本当に久しぶりに気持ち良さそうに眠っていた。
これまでの処置の中で、今回の胃瘻の手術が一番、父にとって心地の良いものだったのではないだろうか。


そろそろ、今の病院からリハビリ病院への転院を考えなければならない時期だ。
今の法律では病院には長くても大体3ヶ月くらいしか入院できない。
つまり、あと3ヶ月ほどで、自宅介護が始まるのだ。
次の転院は、そんな覚悟を、ぼくたち家族に気づかせるものだ。

帰宅後母が初めて、お墓についてぼくに話しかけて来た。
「霊園は嫌だねぇ。神社とかお寺がいいなぁ」
「なに言ってんの。神社は違うわよ」
最近ぼくは、主観的な感情を込めた話をしなくなっている。それは別に嫌なことでもないし、悪いことでもないけれど、ちょっと寂しいことかもしれない。ちょっと注意しよう。

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