あけましておめでとうございます。
冬休みがいい感じに1週間休めたので、毎日毎日父と一緒にお風呂に入った。
2007年の秋、ぼくは母と喧嘩をしてしまい、3ヶ月ほどほとんど実家へ帰らず、たまに帰っても親父の顔を見て、母の体調をちょっと見て、すぐ帰る日々が続いた。
2007年の12月はじめに和解し、それからはまた以前と同じように週末になれば実家へ帰り、父と入浴していた。でも、空白の3ヶ月で、父の麻痺している左腕、左足は以前より堅くなってしまった。
ぼくは1週間の冬休み、出来る限り父の身体をマッサージしようと密かに誓っていた。1週間で、だいぶ柔らかくなったような気がした。同時に、日に日に、ぼくと父は母の料理で太って行った。
普段なら食べないような高カロリーの食事を母は作り、食卓に並べた。父は、久しぶりの高カロリーの食事に舌鼓をうちながら、確実に脂肪として蓄えた。ぼくも一緒に。
ぼくが不在にしていた秋から、実家では猫を飼い始めていた。これまでわが家では犬、インコ、鮒、金魚、ザリガニ、カブトムシなど様々な生き物を飼って来たが、猫は初めて。
それは、ぼくが猫アレルギーであることに加え、父があまり猫を好きじゃなかったから。だが、気まぐれに父の膝に乗り込んで来てはぐるぐる喉を鳴らす猫に触っている間に父は、猫が好きになったらしい。
そしてぼくは喧嘩してなかなか帰って来なかったので、猫好きの母は思い切って2匹のノラ猫を飼い始めていた。
おかげでぼくは、くしゃみと戦いながら、猫好きになってしまった。
週末が更に楽しみになった。
空と風太
夜中に着くと、猫がバタバタと飛び出してくる。
実家に着いてほっとする気持ちと無意識に緊張している気分が、猫に掻き乱される。
昔から父は猫嫌いだった。メダカやカブトムシ、インコや犬は許してくれた。でも猫だけは、妹がねだっても飼えなかった。
猫をかわいいけれど、いうことをきかない。我が儘で気まぐれな猫を「飼う」ということにぼくは違和感を感じる。それにぼくは猫アレルギーだから、父の猫嫌いを歓迎していた。
父は昨年から車椅子の生活になり、集中力も衰え、以前のような頭の冴えは失われている。一方父が、愛すべきもにもっともっとまわりにいて欲しいと思っているような雰囲気を、傍目に感じていた。
猫は、父の膝に乗ったり、ベッドに上がり込んでくる。
そんな猫が父は好きになったらしい。
ぼくはこの間はじめて猫を、ソラ、フウタと呼んでやった。
胃瘻の交換
ちょっとガスが溜まっているような違和感があったらしい。
チューブがちょろっとお腹から出ていると、麻痺している左手が何かの拍子にチューブを引っ張ってしまう懸念があった。
親父は三食きちんと食事をとっているから、胃瘻はあまり使っていない。でもないと不安だし、週に何度かは使っているようだから取るわけにも行かない。
倒れた直後、頭から、鼻から、下半身からいろいろな管がのびていた頃に比べれば、胃瘻なんか。
2年
「嘘だ。きっとなにかの間違いだ。また妹が大げさに、なんか勘違いしてるんだ」
そう思い込みたい気持ちとは裏腹に、これまで感じたことのない、背中にどろどろの鉛がくっついて前に進みたくない感覚を振り切るように、高速道路を飛ばした。
あれから2年が経った。
右脳がほとんど機能しなくなり、左半身は麻痺し、趣味に没頭できるほどの集中力もなさそう。
でも、おいしそうに三度の飯を食べ、痺れて痛そうだった左腕の痛みは徐々にとれ、右足は少しずつ踏ん張れるようになった。
将来ひょっとしたら、自力で立てるようになるかもしれない。
時々思う。
父は、生きる意味を、父自身どうとらえているのだろうかと。
親父は時々、意識がクリアーになって、倒れる前と同じような時がある。親父の雰囲気がふわっと軽やかで、クリアーな時がある。きっと1日に何回か、親父はもとに戻っている。
そして深く何事かをじっくり考え始める。『なぜ息子がこんなによくしてくれているのか』『こいつはこんなに優しい男だったのか』『なぜ俺が倒れてからみなこんなによくしてくれるのか』『俺は一体どうしてしまったんだ』『そういえばあの時・・・』
よくわからないけれど、ぼくにとっての親父は、もともとあまり喋らず黙々とTVを見ていたり、黙々と草木を触っており、無駄話の類いはほとんどなかった。二人きりになると、何か話さなければならないような気がして気まずさがあった。
今、親父は無理に話す必要はない。そこにいて、話しを聞いてくれたり、じっと見てくれているだけで、ぼくは嬉しい。
親父もあと2ヶ月で還暦だ。
風邪02
なんと肺に水がたまっていた形跡があり、あと一歩で肺炎、ほとんど肺炎といった状態だったらしい。
雨やら体調不良で、訪問介護もリハビリも断って、家で母が看病していたのだが、母はちょっと反省しながら、過ぎたことは考えないようにしているようだった。
ずっと以前からいつか母に釘を刺しておきたいと思っていたことが言えた。
「親父にもしものことがあった後、母はきっとボケると思う。だから心の準備をしておいて、絶対にボケないで欲しい」
『あら、わたしもそう思うのよ。もう、でもそうなったらそうなったで仕方がないわね。でも、一応ヘルパーの資格もあるから、その時は老体にむち打ってヘルパーの仕事をしてみようと思ったりもしてるのよ』
強がりではなく、本当にそうあって欲しい。

